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Tさんとの事

「ツモ」

対面のこの発声を聞いた瞬間
捲くられたと思った







オーラスで2着目の対面とは9,200点差のトップ。
だが、対面はダブ南を仕掛け、明らかな萬子のホンイツ模様の捨て牌。
ダンラスの親は絞る事も放棄して筒子へ走っていた。

3フーロしてからのツモ和了。
2,000点を掴みながら対面の手を覗くと、想像とは違う牌姿だった。

八萬八萬八萬五索  南南南横  三萬横一萬二萬  三萬横二萬四萬  ツモ五索赤

「1300・2600の一枚」

五索赤をツモってのテンパネ。
当然、トップの私には届かない。
前巡には一枚切れの北を手出しで打っている。

この手をツモ和了するのはそんなに特別な事では無い。
祝儀は5,000点相当だ。
2確とは言え和了する選択もあるだろう。
ただ、対面のノータイムの発声が気になった。

手牌に赤があるわけではない
ツモってきた場にノーマークの五索赤を躊躇無く手牌の横に置くということは
あらかじめこの和了を見越していたとしか思えない。

対面は淡々と点棒を集めていた。



東南回しで、1-2-5。
25,000点持ちの25,000点返し。
一発・赤・裏は500P。

少し変則的なウマのこの店に通いはじめて半年が過ぎていた。
恐ろしく強い年配の常連が巣食う、昭和の匂いが立ち込める雀荘だ。

時々来る新規客を、常連が食い潰す状況なのにまだ経営が成り立っている理由は
多くの個人経営雀荘で見られる常連への馴れ合いアウトが無い事と
ハウス側の打ち手の技量の確かさであろうと勘繰っている。
事実、ここの常連達は皆良客で、懐に余裕が有り、人柄も穏やかな人達だった。

アツシボを受け取り、待ち席に座ると
昨日のあの客が先に座っていた。
私の対面で2確をしたあの客だ。

目が合ったので、会釈で答えた。
禿げ上がった頭とは裏腹に、肌にはまだ張りが残っている。
年齢の推定が難しい人だった。

あの和了について聞こうか迷っていると、メンバーに声を掛けられた。
「巷さん、Tさん、早速です」
ツー入りで立てるらしい。Tさんとは今日も対面という事だ。

昨日の事があったので、少し気にしてTさんの打ち廻しを観察した。

強い牌を押す事は滅多に無いが、押した時はかなりの確率でツモ和了っている。
ベタオリかと思われた局面で、ひとつ鳴きを入れてテンパイするケースが多かった。
先制リーチをあまり掛けないようだ。
ダマの場合でもツモ和了が多い。

一度、明らかに見逃して1000・2000の一枚をツモ和了っていた。
条件のある局面ではない。
何かしらの意図を感じた。
どうやら私とは違う基準で卓上を眺めているらしい。


Tさんとはその後何度も打ち合った。

新規客が根付かないこの店で
私とTさんは準常連としての地位を確立しつつあった。

平均順位は私の方が上だったと思う。
ただ、収支に関してはどうとも言えない。
チップの勝ち頭は大抵Tさんだったからだ。

そのうち、会話を交わすようになった。

話してみるととても聡明な人だとわかった。
会話の回転が速く、的確だ。
私は店に入ると、まずTさんの姿を探すようになった。


強かに打って、メンバーの一人勝ちを許した日があった。
2人で同時に卓抜けした時
酒でもどうかとTさんに声を掛けてみた。
Tさんは少し躊躇った後 了解してくれた。


酒の席で私はかなり酔ってしまっていた。

麻雀が打てる人と呑むといつもこうだ。
無防備にも程がある、馬鹿丸出しだ。

そのうちお互いの身の上話になり
アルコールの力が後押ししてTさんの職業について訊ねてしまった。
雀荘で出会った人に、プライベートの事を訊ねるのはタブーに近いものがある。
どんな時間でも店にいるTさんが、まともな仕事に就いていない事は明白なのに。

Tさんは自嘲するような笑みを浮かべながら
話をはじめた


「一年前までIに勤めてたんだ」

Iは一流商社である。
普段からTさんの言説に触れ明晰さを知っていた私は
意を得たように頷いた。

「そこで、でっかいプロジェクトが立ち上がってね。そのメンバーに抜擢されたんだ。入社の時から希望していた仕事だったから胸が躍ったね」

その言葉に「よかったですね」と相槌を打てる話では無さそうだ。

「そこの上司が問題だった。元々将来を有望視されていたエリートだったんだが出世競争に敗れて、閑職を転々としていてね。若手潰しが趣味だってもっぱらの噂だった。中途半端に役職があるから、嵌め込むポストに困ったんだろうね。プロジェクトのサブリーダーとして赴任してきた。実権は何も持たないままに」

ところが、リーダーがその男の直接の後輩だった事が致命的な問題だったという。

「かつての恩師のような存在だったらしい。かなり世話をしてきたようだった。それを良い事にやりたい放題さ。リーダーも自分の管理責任を問われる事を恐れて、チームの外に何も漏らさなかった」

子供のようなやり様だったらしい

書類は自分のチェックを通さないと一切表に出させない。
そのチェックは理不尽な理由で度々紛糾する。
毎晩無理矢理飲みに連れ出され、過去の自慢話を夜通し聞かされる。

その人にも耐えられざる事情や、厭世観に支配されるような出来事があったのだろう。
だからと言って正当化できる事では、断じて無い。

「5人いたメンバーは1年も経たずに2人になった。二人でしばらく頑張ったが・・・ 真面目過ぎたんだろうね、もう一人は自殺しちゃってね。俺もとっくに鬱気味だったんだけど、その出来事で限界が来てしまった。その上司を殴って、辞表を叩き付けた。」

職場での鬱や自殺の原因のほとんどは人間関係らしい。
仕事で忙殺される事では、人はなかなか死なない。

人間を殺すのは人間ということか。


「俺、何歳に見える?」

不意に訊ねられた。

「え~と、、35歳くらいですか?」

かなり遠慮してそう答えた。
実際、40は下らないだろうと思っていたのだ。

「ハズレ、今年で30なんだ。見えないだろ? 辞める3ヶ月前から急に髪が抜け出してね。食事が取れなくなってから、段々と体全体が干からびていくようだった。あのままだったら絶対死んでたね」

別に悲観する風でも無く、Tさんは断言した。

「んで、今は無職。学生の頃好きだった麻雀をしながらブラブラしてるのさ~。実は石川に嫁とガキが居るんだけど、あっちに帰っても仕事が無いから単身赴任就職浪人してる事になってる。実際そろそろ就職しないとマズイんだけど、なかなかする気が起きなくてね・・・」

妻と子を持ちながら、この生活を続けているTさんの胸中は私などには窺い知れないが
まともに考えたらやっていられないであろうとは想像できる。

「職業は?」「無職」
の数秒で済むはずの会話がここまでの告白になった事が
端的にTさんの状態を表しているような気がした。



酒の味がしなくなった。
それを察したのか、Tさんが店員に会計を頼んだ。

電車が同じ方向だった為途中まで同行した。
車中でTさんがやたら饒舌に再就職への展望を語っていた。

「やっぱりこの不景気で、しかも前の会社の辞め方がまずかったから、なかなか難しいよね・・・」

笑顔とは裏腹に
焦燥に駆り立てられている瞳が泳いでいた。

「面接だけなら口利けますよ?」

なんと軽薄な一言だったのだろう。
ほとんど無意識で口から出ていた。

「本当に?じゃあ頼むよ~」

冗談と取ったのか、Tさんが相好を崩した。
それならそれで良い。
私のような若造が年長者の人生に干渉することなぞ片腹痛い。

私が降りる駅までやって来た。
挨拶もそこそこに、車内に背を向けた肩を突然掴まれた。

「本当に頼むよ。連絡待ってるから」

思いがけず強い力で肩を掴み
切迫した表情でTさんが呻くように囁いた。

頷くしかなかった。




正直、迷っていた。

雀荘で出会った人間を、企業に紹介しても良いものだろうか?
雀荘にいる人間のほとんどは社会不適合者だと断じても
そんなに間違っていないと思っている。

紹介した先でトラブルが起こったら?
その企業に損害を与え、私の信頼も失墜する事になる。

「話してみたけど、ダメでした。スイマセン」

今ならまだ、誠実な振りをしてそんな台詞も可能だろう。

2日考えた。

思い出すのはTさんの切実な雰囲気と、麻雀だ。

あの打ち筋をしている理由が、話を聞いて初めてわかったような気がする。
Tさんの懐事情は切迫しているのだ。
大穴を空けると、その日の暮らしが成り立たなくなるかもしれないくらいに。

だから、目先の祝儀を追う。
トップで無くともプラスを確定させる。
できるだけ確実な物が欲しいから、不確定なリーチは掛けない。

Tさんの打ち筋は短期的に見るとある程度の収支を上げる事ができるかもしれないが
トータルで考えると、目先のリスクを負う選択が正しい事も多々あるはずだ。
事実、あの雀荘で私や常連に打ち筋を見切られ初めたTさんの収支は徐々に低下してきている。

そう遠く無い未来、Tさんの生活は破綻するだろう。
元々麻雀の地力は相当に高いはずだ。
そうでなければあの手筋でこの期間あの店で凌げる訳が無い。

打てる麻雀打ちにそんな選択をさせている状況が
無性に恨めしかった。


結局私は知り合いの人事担当にメールを入れた

「推薦というわけではないので、公正に適正を判断して下さい」

という一文を添えて


連絡先をTさんに伝えると、驚いていた。

「本当に紹介してくれるとは思わなかったよ」

「やだなぁ、約束したじゃないですか」

虚偽の報告をするプランもあった口から、義理堅いような台詞を吐いた。
なんという厚顔。

「ただし、特別扱いはしないように言ってありますからね。ここからは実力勝負でお願いしますよ。」

「わかってるよ。本当にありがとうね。」


面接の翌日、件の人事担当から直接連絡があった。

「紹介してくれた人なんですけど、あの人どういう人なんですか?東大出で、英語と中国語が完璧で、プログラミングもできる。なんであんな人をウチに紹介したんですか?優秀すぎるでしょ」

これには驚いた。
できそうな人だとは思っていたが
そこまでとは・・・

「俺クラスになると、そういう人脈もあるのさ」

おちゃらけて答えておいた。なんという厚顔。



Tさんは係長待遇で一発合格。
その翌月から働き始めた。

今は対中国の案件の窓口として活躍しているらしい。
いやはや
能力を疑って、自分のリスクを計算していたのが恥ずかしい。
私の数倍優秀な人だった。



奥さんと子供を呼び寄せたという事で、一度だけ会った。

ダークスーツで現れたTさんは、髪が生えかけており
雀荘で見た時よりもずっと若々しくなっていた。

こちらが恐縮するくらい低頭して礼を述べるTさんに
半ば本気で辟易しかけていた頃、奥さんに問われた。

「でも、なんでまたウチの主人なんか紹介してくれたんですか?こんなのが雀荘にいたら、ただの不審者でしょうに」

Tさんが奥さんを睨みつけた。その視線は暖かいものだ。

「う~ん、僕は基本的に麻雀が強い人が好きなんですが・・・ こうした方がもっと強くなるような気がしましてね。Tさん。」

Tさんが「あっ!」という風に私を振り返る。
意地悪い微笑を作って見返してやる。
Tさんが破顔した。
奥さんは怪訝な顔だ。



それから、Tさんとは会っていない。

仕事、家庭共に充実した生活では
雀荘などには足は向かわないのだろう。
麻雀を通じて出会った私とも、自然、疎遠になった。

今麻雀を打ったらどんな手筋で打つのだろう?
絶妙な収支感覚に裏打ちされた
カンチャンのクソリーチが打てれば良いと思う。

「最近Tさん来ないねぇ。潰れちまったのかな?」

店長が誰に言うでも無く、呟いた。

「あんたらが寄って集っていじめるからだよ。Tさん泣いてたよ?」

そ知らぬ顔でふかす

「だって、目先のガメり麻雀なんだもん。牌が来なければおしまいだよ」


地獄のような展開の後、Tさんは立派に局面を立て直した。
トータルの成績を好転させる選択を、土壇場で行ったのだ。

「この店に居続けてる時点で、好牌引くの放棄してない?」
「ちげぇねぇ!」

私の生意気な揶揄を
店長が笑い飛ばす。




「麻雀打ちの為にした選択で、麻雀打ちがいなくなってしまった」

何か象徴的な物がある。
結局、強い麻雀仲間を1人失ってしまった、私の一人負けみたいな気もする。


自身の大局観の無さと
雀荘に残っているという事実に少し嫌気が差しつつ

また配牌を取った
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非公開コメント

No title

面白かったです。
雀荘に居た人を紹介するかどうかを麻雀だけで判断してしまうところに主人公の麻雀狂いっぷりを感じました。
また更新に気がついたら読みに来ようかと思いますー

No title

>民芸さん
おぉ、何となく御無沙汰してます(*´ω`*)
麻雀の腕とかはどうでも良いのですが
盆面は結構参考になる気がします。
綺麗に遊べない人が、ちゃんと仕事できるとは思えませんからねぇ。
更新は途切れ途切れになりそうですが、またお願いしますです~

めちゃくちゃ面白かった!o(●´ω`●)o
携帯からなのに一気に読んじゃいました。

No title

>ミーコさん
それは何よりです(*´ω`*)
私は携帯小説志向で記事を作っているので、そういった用途が一番本望ですね~

巷さんの文章力に引き込まれて、全部の記事見ました。
次の記事アップを楽しみにして待ってますよぉ

No title

すごい面白かった
小説書いてくれたら買いますw

No title

>フライデー雀士さん
ありがとうございます。
真面目な話、文章は稚拙だと思いますw
今後のとも御贔屓にお願い申し上げます(*´ω`*)
>アダムとアダムさん
ありがとうございます。
もし仮に小説を書いても、公開媒体はウェブでしょうから
購入の必要はございませんw

No title

感動しました
近代麻雀なんかより断然面白いです

No title

>kuroさん
ターゲットが違うので、何とも言えないところですねぇ・・・>近代麻雀
これを読んで「面白い」と思って下さる方って、結構マイノリティだと思うんですよね。
商業ベースの価値観とは相容れませんw
プロフィール

巷の打ち手

Author:巷の打ち手
その名の通り、その辺にいる打ち手です。

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