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きっと、ありふれた話

※無駄に長いです。そして鼻に付きます。




私は今まで色々な雀荘に行った。

東風・東南等のルールの違い。
0.2~2.0くらいまでのレート。
都心・地方都市様々な立地。
大手フリーチェーンから、セット専門の個室まで。

旅打ちという程でも無いけど、麻雀を打つ為だけに遠出した事もあるし
今でも懇意にしている雀荘の知り合いから電話が掛かって来たりもする。
最近はめっきり外で打たなくなったが、以前の私にとって雀荘は生活の場の一つだった。

節操無く色々な場所に出入りするけど、2回以上同じ店に入る事は少ない。
生活圏の中に入っていたり、レベルが高かったり、居心地が良かったり。
そういう店を選んで、常時2~3件をジグマのように行き来する。
就職して結婚するまでの6年間は、仕事以外の時間をそんな風に過ごしていた。

その中でも、私が一生忘れられないであろうお店が「みどり」である。






入社一年目の私には大した仕事が与えられていなかったので
休日はもちろん、平日も余暇が充分にあった。
つまり、牌に触る機会も十分に。

「近所から潰していこう」

当時荒川の近くに住んでいた私はそんな適当な発想をして
目に付く雀荘にはとにかく片っ端から入った。

町屋、西日暮里、北千住の辺りから始まり
上野、池袋、渋谷、新宿へとその範囲を広げていった。

チェーン店はできるだけ避けた。
そんなのはいつでも行けるし、できれば穴場的な店を見付けたかったから。

卓がまったく立たず、競馬中継を見る為だけに存在しているような店
有名なプロが出入りする、プロ予備軍の巣窟
今はもう見なくなったリャンピンの東風。

物見遊山の心地で様々な店を眺めつつ
今よりもっと覚束ない手付きで牌と格闘した。
まだ、雀荘で麻雀以外の事を考える余裕は無かった。
幸せな事だ。


やがて、高田馬場に入り浸るようになった。
雀荘の絶対数が違うし、学生が集う店が多く、麻雀への価値観が似通った面子で囲めるのが良かった。
土曜日の朝に打ちに出かけて、帰って来るのは月曜の早朝という事もよくあった。

麻雀が楽しくて仕方が無かった。

人生設計とか、将来への備えとか
そんなの考えた事も無かった。
「一生牌に触れる環境があれば、それでいいや」
本気でそう思っていた。


大好きな高田馬場だったけど
問題がひとつだけあった。
それは場所だ。

私の住んでいる場所から馬場で打とうとすると
玄関を出てから第一打を打つまでに、どうしても1時間は掛かる。往復で2時間だ。
私にはその時間が無駄に思えて仕方が無かった。

「2時間あれば半荘3回は余裕じゃないか。なんてもったいない・・・」

もうなんていうか「うわぁ…」って感じの発想だ。

かと言って、近所にある店はロクでも無い。

最寄り駅のピン雀でバカヅキして50,000P程勝った事があった。
そのお店ではカードで勝ち分負け分をやり取りして、退店時に清算する方式だったんだけど
なんと清算を断られたのだ。

「アンタが勝ったせいで常連の機嫌を損ねた。迷惑料だ」

店主の言葉が信じられずに卓を振り向くと
常連達がニヤニヤと私を見ていた。
そいつらの顔にカードを叩き付けて店を飛び出して以来、二度と行っていない。
(バカな事したもんだ。まだチンピラ気質が残っていたんだろう)

そんな状況だったので、「ちょっとだけ打ちたい」みたいな気分になった時は
ちゃんと準備して馬場まで出るか
面倒になって寝てしまうか
そのどちらかを選ぶしか無い状況が続いた。


そんなある日

同じ建物に住んでいる同期の間で、近所のダーツ屋についての噂が立った。
家の周囲はバリバリの下町で、背の低い一般住宅しか無かったんだけど
その中にダーツバーがあるというのだ。

半信半疑で当時一番仲の良かった同期と一緒に散歩がてら聞いた辺りを歩いてみると
なんと本当にダーツ屋があったのだ。
ダーツなんかやった事が無かったけど、立地のエキセントリックさに惹かれて
しばらくそのお店で遊ばせて貰った。
イケメンのマスターが趣味でやっているようで、アットホームな雰囲気が良かった。

店を出た後、何となくそのまま散策する流れになり
同期の彼女関係の愚痴を聞きながら、ダラダラと歩いた。
途中で鉄道模型店や、ハンドメイドの子供服の店を発見して、テンションが上がった。

そんな風に歩いていると
普通の家の軒先に、ビニールの庇が架かった建物を見つけた。
スナックとかによくあるアレだ。
てっきりその手のお店だと思っていたのだが、入り口の脇には

「麻雀 みどり」

と書いた看板が立っていた。

(こんな場所に雀荘だと!?)

内心は凄く驚いたんだけど、その同期は麻雀に興味が無い人だったのでそのまま通り過ぎた。

(多分、地元の人がセットで打つ場所なんだろうなぁ)

その時はそう思っただけだった。


月曜日が休みの三連休の時だった。

私は金曜の仕事が終わった後、その足で馬場に向かい
そのまま日曜の夜まで打ち続けていた。
風呂?何それ??

体が溶けそうな状態で家に帰り
ベッドと同化したまま、夢も見ないような惰睡を貪った。

目を覚ますと、もう西日が差し込む時間だった。
シャワーを浴びて部屋の掃除をする。
ポケットに入れっぱなしだった紙幣で何メシだかわからない食事を済ませると
性懲りも無くまた麻雀が打ちたくなった。

(でもなぁ、明日仕事だしなぁ・・・)

辛うじて残っている自制心が働くが
いつもだったら数分後に敗北して打ちに行っていた。
そこで、先日の記憶が蘇ってきたのだ。

(そうだ、近所に雀荘あったな。「みどり」だったっけ)
(あそこ明らかにセット雀荘だよなぁ)
(でも、これから馬場に行ったら明日の朝になっちまうし・・・)
(ダメ元で行ってみようかな)

元来ジッとしていられない性格なので
すぐにスニーカーの紐を結んだ。

家から徒歩3分くらいだろうか?
記憶を辿りながら住宅地を右往左往して
あの看板を見つけた。

少し緊張しながら、普通の家の玄関と同じスペックのドアを開ける。

(狭いな・・・)

細長い店内には旧式の自動卓が2台置かれていて
その片方で囲んでいた人間が一斉に私を見た。
全員が50代くらいの初老の男性だ。

奥のカウンターに大きなロッキングチェアーが置かれていて
そこに、座っている老婆が私の方に歩いてきた。

「どうしたの?」

優しそうな外見と同じ柔らかい声色。
赤ん坊に言って聞かせるような調子だった。

「えっと、打てますか?」
「アラ、打ちに来たの?」
「はい。初めてなんですけど・・・」
「そんなのわかるわよ。新しい人は珍しいからねぇ」

まぁそうだろう。
明らかに地元密着型の雀荘だから、客の9割は常連セットなのが普通だ。
「ウチはフリーやっていない」というセリフを待ち構えていると

「もうちょっとしたらひとり抜けるから、待っててね」

という意外な返答。
なんと、ここはフリー雀荘だったらしい。

驚きながらも待ち席に座り
壁に貼ってあるルール表に目を通す。

東南戦 25000点持ち30000点返し 
0.5-1-2 のアリアリ
赤及びチップなし
ゲーム代200P

あんまり見た事が無いルールだ。
チップが無い替わりに、ウマが高目なんだろうか?
そして、ゲーム代が驚異的に安い!
普通こういう場末のお店だと、場代は割高なものだ。
てっきりピンだと思ったら点5だったし。

(けっこう良心的な店なのかもしれない)

そんな印象を持った。

「暖めといたから」
「2ラスじゃねぇか!」

そんなやり取りを聞きながら、卓に着いた。
使っている自動卓は、中央の円形の部分がせり上がりそこに牌を落とすタイプで
捨て牌部分が落ちる機種でしか打っていなかった私には新鮮だった。

やはりというか、打速は遅目なんだけど、緩慢という訳ではない。
一定のペースを守って淡々と打ってくるので、全然ストレスにならなかった。
何より、この手の店にしては有り得ない程にマナーが完璧なのだ。
私は結構自分のマナーには自信があったのだが、対戦相手はそれ以上にキッチリしていた。

河は牌を捨てた瞬間にキッチリ並ぶので、打牌時以外に手を伸ばす人はいなかったし
私が「ゴットーの1本場です」と言うところを「ゴヒャクセンはロッピャクセンヒャクです」とわざわざ発声する几帳面さ。
東場が終わった時点で、逆の意味で気圧されてしまった程だ。

「どこから来たの?」
「麻雀好きなの?」
「彼女とかいるの?」

打ちながら質問攻めが煩わしくなかったのは
麻雀に関する所作がちゃんとしていたからなんだと思う。
私も丁寧に答えた。

オーラスの親番でラス目が乾坤一擲の倍満をツモ和了し
最初のゲームはラスを引いた。
捨て牌を見ると、染めや三色を見切ってチートイに向かったのが判る。
良い和了だと感じた。

それからも話しながら何ゲームか打った。
会話にちょくちょく先ほどの老婆が入って来て、他の客を嗜めている。
客は客で老婆を「ママ」と呼びながら、からかったり、怒られたりを楽しんでいるように見える。

(こういう雀荘もあるんだなぁ)

その時には「みどり」がすっかり気に入っていた。

常に卓に向かう時には常に真剣勝負のつもりでアドレナリンを出しまくっていた私が
こういう麻雀に拒否反応を起こさなかったのは奇跡に近い。

店を出る頃には、私も老婆を「ママ」と呼ぶようになっていた。
どうやら、ママがこの店のオーナー兼店長らしい。
客がちゃんとしているのも、おそらくママの人柄が成せる業なんだろう。
誰かに対して素直に従順になれる体験というのは貴重なものだ。

店を出る時に見送りに来てくれたママに

「また来ます」

と、社交辞令ではない言葉を伝えて
すぐ近くの自分の家への帰路に着いた。


それ以来
ちょくちょく「みどり」に顔を出すようになった。

行くといつもママが笑顔で迎えてくれる。
私の名前は後ろに「ちゃん」が付けやすいので、ママは私を「巷ちゃん」と呼ぶ。
そうなると、他の客も皆同じように私を呼ぶ。
呼び方がそうだと、自然と距離が縮まってくる。

ママや常連に息子や孫のように可愛がられる状況というのはくすぐったいけど
あまりそういう経験の無い私は嬉しかった。

打つ気が無くても店に赴いて、ママの料理を食べるだけで帰ったり
ひとり足りなくて卓が立たない時は、常連の昔話へママと一緒に合いの手を入れた。
ジャージに半纏という「どこの浪人生だよ?」といった格好で気軽に出掛けられるのも良かった。

「昔はすんごい美人だったんだよ」

事ある毎にママは自分をそう言い、私や常連に「ハイハイ」と流されると怒り出した。
もうかなりいい歳なのに、語り口や所作に「女」の部分が残っていて
それがママのキャラクターをつくっていた。

常連との会話で、ママの事を色々と知った。

昔はスナックのママだった事
この店はほとんど利益を上げておらず、ママの趣味同然である事
マナーの悪い奴は、どんな相手でも追い出してきた事
子供はおらず、この近所でひっそりと一人暮らしている事
麻雀は下手糞で、一緒に打つと申し訳ない気分になる事

常連達は皆、ママの前では子供のようになる。
ママは本当の意味での「ママ」でもあるのかもしれない。

「巷ちゃんは麻雀ばっかりしてたらダメだよ?仕事頑張って、彼女作らなきゃ」

耳にタコができるくらい、ママのこんなお説教を聞いた。
雀荘で麻雀以外の事を言われたり考えたりしたのは、その時が初めてだ。
その言葉がどれくらい私に届いていたのかはわからないけど
ひょっとしたら、妻と結婚した事に何かしらの影響はあったのかもしれない。

「みどり」は私にとっての家のような店だった。
そう、そんな店だったのだ。




いつものように「みどり」のドアを開けると、知らない男がママと話をしていた。

(新規かな?珍しいなぁ)

珍しいと言うか、私が通うようになってからはじめてだった。
このお店は私を含めた7人の常連で成り立っていて
それ以外の人間は見た事が無い。

「あぁ、巷ちゃん。今度からこの子もお店やるから」

40歳くらいだろうか?
ヒョロリと背の高い男で、どこか崩れた雰囲気を身に纏っている。
あまり良い生活をしていないのが顔に出ているけど、時計とシャツは高級そうだった。

(ヤクザじゃなさそうだけど・・・ まぁ、半端者だな)

しばらくチンピラの世界に身を置いていた私は、そう判断した。
もちろん表情や態度に出す事はしない。

「よろしく」

と笑顔を作った男に、「よろしくおねがいします」とやはり笑顔を返したが
内心に気に入らない気持ちが沸き起こった。
その表情にどこか見下すものがあったからだ。

ひどく、嫌な気分になった。
今思えばそれは予感だったのかもしれない。


男はトシユキという名前だった。

最初はママと二人で店に立つ事が多かった。
その時は別に何も問題は無かった。

愛想良く常連と会話したりはしなかってけど
ママに言われた事はちゃんとしていたし
他の常連に対する態度も普通だった。

麻雀の腕はかなり達者だったと思う。
ほとんどノータイムで抜く牌は、現代のスピード麻雀的な理に適ったものだったし
やや強打気味に鋭く河に突き刺す牌捌きからも、トシユキが他の場で打ち込んだ打ち手である事が伺えた。

ママとトシユキの関係は知らない。
子供が居ないらしいから息子とかでは無いだろうし
まさか恋人という事も無いだろう。
多少気になったけど、何となく聞くタイミングを逃していた。

ある時、トシユキがひとりで店を開ける日があった。

「今日ママはどうしたんですか?」
「なんか調子悪いみたい。家で寝てる」

風邪でも引いたのだろうか?
心配になったが、自宅にお見舞いに行くのも憚れたので
その時は常連達と「心配だねぇ」と言い合いながら普通に打って帰った。

次に店に行った時にはママは復調していて
いつものようにロッキングチェアーの上で皆との雑談を楽しんでいた。

だが、それは始まりに過ぎなかった。

ママが店に出る日は目に見えて減っていき
トシユキのみと顔を合わせる事が増えていった。
別にどこが悪いと言う訳では無さそうだったので
単純に年齢による衰えだったように思う。

ひょっとしたら、トシユキというヘルパーができたので気が抜けてしまったのかも知れない。
高齢者には往々にしてそういう事がある。
元気に見えても、何がきっかけでどうなるかわからないのだ。

その頃から、トシユキは徐々に変わっていった。
いや、「本性を現すようになった」と言った方が適切かもしれない。

接客はぞんざいになり、客を客と思っていないようだった。
何かを注文しても、舌打ちしたり明らかに面倒そうに動いたり、最悪は何もしなかったりした。
卓上での所作は最低だ。立膝に先ヅモ・三味線なんでも有りだ。
どうやらママの前では猫を被っていたらしい。

常連の一人が文句を言ったら

「安い金で遊んでるんだから文句言ってるんじゃねぇ!」

と啖呵を切ってきた事もあった。

顔見知り同士だけで打つ小さな店だから
そうなると、段々常連の足も遠のいてくる。
高確率で不快な想いをするのがわかっていて、わざわざ店に訪れる人はいない。
店に行ってもトシユキしかいない事が多くなったので、私もあまり店に近付かなくなっていった。

(ママさえいればなぁ・・・)

そんな風に思うけれど、どうする事もできない。
悶々としながら普通に生活するしか無かった。


仕事を終えてコンビニに寄りながら帰宅していると
久しぶりに常連から電話が入った。

「あれ?今日行くんですか?久々ですねぇ」

「みどり」への誘い以外で電話が来た事は無かったので、開口一番そう言った。
あれくらいの小規模の店になると、常連同士がある程度示し合わせないと卓が立たないので、連絡先は交換していたのだ。

「いや、そうじゃない。ママが救急車で運ばれた」
「えっ!?なんでですか?」
「外で階段を登ってる時に倒れたらしい。今病院にいる」
「すぐ行きます、どこですか?」

一も二も無く来た道を引き返し、タクシーを拾った。

(やばいよなぁ 歳だもんなぁ 死んじゃうかもなぁ)

病院に駆けつけて、良い結果だった事はほとんど無い。
そうでなくても妄想気味の私の頭が、ネガティブな想像をやけに具体的な形にしていく。

西新井駅のの近くで車を降り、すぐさま病院に駆け込む。
受付でママの所在を確認したいんだけど、名前がわからないので難航してしまった。

「あの、さっき荒川区で倒れた70歳くらいの女性で・・・」

パニくっているので要領を得ない。
常連に電話すれば良いようなものだが、それも思い付かない。
いざとなった時に自分が如何に冷静になれないかを思い知った。

やっと病室を突き止めて、病室のドアを開くと
そこには・・・


「アラ?巷ちゃんも来たの?」

ベッドに腰掛けていつもの笑顔を浮かべるママがいた。
一瞬膝に力が入らなくなったのを感じた。

「『来たの?』じゃないよ!何倒れてるんだよ!!」
「そんな事言われても。なに怒ってるのよ」

心の底から安堵しながらも、何となく怒鳴ってしまった。
感情というのは一度極端に振れてしまうと、何かしら落し所が必要なものらしい。

私の他に、3人の常連が居た。
スーツだったり、スウェットだったり。
着の身着のまま飛んできたのが伺える。
そりゃ心配するよな・・・

点滴こそ付けていたものの、ママは元気そうだった。

「心配掛けてごめんね~。来てくれてありがとう」

ニコニコとマイペースに話すママを見て
私もすっかり落ち着いた。

もう遅かったので、話もそこそこに常連達と病室を出た。
「メシくらい食っていくか」
という事で、近くのホルモン焼きの店に入り、ビールで乾杯した。

「いや~、大した事無くてよかったですよ~」

能天気に言う私だったが
他の常連の表情は暗かった。

(なんか悪い事言ったかな?)

戸惑っていると、電話をくれた常連が話をはじめた。

ママが倒れた原因は脳梗塞。
軽度なので命に別状は無かったが、今度またいつ再発するかわからない。
今回の発作で左腕に軽い麻痺があるらしく、それも一時的なものなのかこれから残っていくものなのかもわからない。

「って事は、また倒れるかもしれないんですか・・・」
「うん。今回はたまたま外だったから人が救急車呼んでくれたけど、家でひとりの時にそうなったら手遅れになるかもしれない。ましてや、左腕が動かなかったら普通の生活も大変だろうし・・・」

また一気に暗澹たる気持ちになった。
明らかにママには介護が必要な状況だ。
なのに、ママには身寄りが無く
トシユキにそれが望めるはずも無い。

「しばらく持ち回りでママの様子を見たりしましょうか?」

という無責任な提案が一瞬頭に浮かんだけど
すぐに打ち消して口に出す事は無かった。

私は実家の祖母が同じような状態だったからわかるが
24時間誰かの介護をするというのは、生半可な覚悟ではできない。
介護する側には体力的・精神的に物凄い忍耐が必要だし
下の世話とかは肉親であってもキツイ。

私にも常連にもそれぞれの生活がある。
いくらママの為と言っても、それを犠牲にする事はできない。

心配しているような顔をして、決定的な援助に踏み出す事ができない自分が
とても偽善的に見えて嫌気が差した。

「これで『みどり』もおしまいかなぁ」

誰かが淋しげに呟いた。
それは皆が考えていた事なので、誰も返事をせず
沈黙が肯定を表しているように思えた。

あの場所があってもママがいなければ意味が無い。
そんな当たり前の事が、こうなって初めて顕在化していた。

「なぁ、みんなで集まって打ちに行かないか?最後になるかもしれないし」

常連のひとりがそう提案した。

うん、そうだな
いいね、他の連中に言っとくよ

すぐさまそれに従う声が聞こえる。
もちろん、私に異存があるわけも無い。
その場で日程を決めて、「みどり」最後の集まりを催す事となった。


しかし
結局それが行われる事は無かった。

集まる当日
「みどり」に行くと、ドアの前に数人の常連が所在無さげに立っていた。

「どうしたんですか?入らないんですか?」
「いや、入れないんだよ」

どういうことだ?
一応ドアノブを回そうとしてみるが、鍵がかかっている。
トシユキが来ていないようだ。

「電話にも出ないし、アイツ何やってるんだよ」

吐き捨てた言葉は、全員の意思を代弁していた。

いくら待ってもトシユキは来なかったので
仕方なくその日はそのまま解散となった。

(ったく、なんなんだよ・・・)


それから数日後
常連から驚くべき事実が判明した。

トシユキがママの金を持って消えたというのだ。
入院する際に通帳等の書類は全てトシユキに預けてあって
それを受け取ったまま、今はどこにいるのか分からないらしい。

聞いた瞬間、目眩がする程頭に血が昇った。

(あのヤロウ・・・)

そうで無くてもトシユキには良い感情を持って無かったが
それがはっきりとした憎悪に変わるのを実感した。

トシユキは相当にママの世話になってきたはずだ。
そのママが入院している間にこの仕打ちか。
そんな人間がいるのが信じられなかったし、信じたくも無かった。

私が博打に関わる人間に抱く根本的な人間不信は、この時にはっきりと形になったのかもしれない。
トシユキはクズだ。
でも、そんな事を考えても現実は何も変わらない。
私の感情とは無関係に世の中は動いている。


(ママの見舞いにでも行くか・・・)

とりあえず、それくらいしかする事が思いつかなかった。

ママの好物である「銀のぶどう」の「白らら」を手土産に
今度は電車で病院を訪ねた。

(でも、何を話せばいいんだ?)


私とチーズケーキの来訪にママは大喜びした。
スプーンを口に運んで頬張る姿は、子供のように見える。
トシユキの事で落ち込んだりしている素振りはまったく見えなかった。

「巷ちゃんもこんなお婆ちゃんのところに来てないで、遊びに行きなさいな」

お説教もいつもの通りだ。
この年齢の人にとって、貯えは生命線のはずだろうに、
それを失って、この明るさはなんだろう?

しばらくダラダラと世間話をしていたが
堪え切れずに聞いてしまった。

「トシユキさんの事だけど・・・」
「あぁ、いなくなっちゃったわね~」
「お金も持って行かれちゃったんでしょ?大丈夫なの?」
「そりゃちょっとは困るけど、わたし一人だけだからどうにでもなるさね」

実に普通の調子で、あっけらかんと答えられた。
気負いや悲観がまったく感じられない。
ママのその態度に、私の方が苛立ってしまった。

「トシユキさんが憎く無いの?訴えようとかは思わないの?俺は腹立つよ。なんなんだよ?アイツ」

隣のベッドの患者が少し私を見て、すぐに視線を逸らした。

「他の人がいるんだから大きな声出さないの」

ママは柔和な表情を崩さず、私を嗜める。
その声はどこか楽しげですらある。

「トシユキはね、昔お世話になった人に『面倒見てくれ』って頼まれちゃったの。だから仕方が無いの」
「でも、アイツのやった事は最低だし、犯罪でもあるでしょ?」
「だから、仕方が無いの。こういう事はあるもんだし、それも含めて私の人生だったんだから」

そう言われてしまうと何も言えない。
ママが今まで歩んできた道の中で、何があったかは知らないし
知ったとしても、その意味なり心情なりが私などに理解できるとも思えない。

黙り込んでいると、ママに膝を叩かれた。

「何て顔してんの。こんな事でどうにかなったりはしないわよ」

その言葉に顔を上げると、ママの笑顔が目に入ってくる。
凛として柔らかい強さが満ちた、良い笑顔だった。
それを見ていると、ウジウジ考えていた自分がバカみたいに思えてきて
私も笑った。


「昔はすんごい美人だったんだよ」

うん、間違いなくそうだね




その後


ママは栃木の施設に入る事になった。
「みどり」の土地を売って、入所資金を作ったとのだったが
土地の狭さに対して、建物の撤去費のウェイトが大きそうなので大した金額にはならなそうなものだから
他に蓄えがあったのかもしれない。

常連の申し出を断って、全てママひとりで処理や手続きを行った。

「子供の世話になってられるか」

という言い分らしい。
40過ぎの常連が揃って子供扱いされている状況というのは、なかなか面白かった。


一度だけ、常連と共にママに会いに行った。

その施設の建物は、すべての病室が共有のスペースと繋がっていて
入所者同士のコミュニケーションが取れるようになっている最新の構造だった。
ママはそこでもやっぱり「ママ」的なポジションのようで
他の老人達と仲良くやっているように見受けられた。
結局左腕の麻痺は残ってしまったけど、あまり不自由は無いようだ。
元気そうで安心した。


結婚した時と娘が生まれた時に写真付きで手紙を出したら
「アホか!」と言いたくなるような金額の祝儀と共に返事が来た。
「こんなのは受け取れない」と電話で怒鳴り込んだら

「巷ちゃんじゃなくて、奥さんと赤ちゃんにあげたんだから」

と、どこ吹く風だったので、すっかり毒気を抜かれてしまった。
その祝儀は今も娘の口座に入れてあり、手付かずのままだ。


「みどり」があった土地は、サラ地になったまま何も建っていない。
最近はあの辺りにもマンションや建売の家が増えてきたから
いずれ何かしらは建てられるんだろう。

最近は常連との交流もまったく無い。
この先もう無いかもしれない。
年齢も職種も違うメンバーが集まれていた事の方が、不思議だった事のようにも思う。

私は点5のチェーン店に通うようになった。
ピン雀の客層には愛想が尽きていたし、客の出入りが激しい方が何も考えなくていいから。
もう「みどり」の時のように店側や常連と密接な関係を構築する事は無いと思う。



個人がやっている雀荘は、経営が難しいと言われている。
今だって、どこかで小さな雀荘の灯が消えているんだろう。

どんな店にも客がいて店員がいて、何かしらの関係性がある。
それらも店の消滅と共に、簡単に消えてしまう。
雀荘や麻雀を仲立ちにした関わり合いなんて、本当に儚いものだ。

一緒に打ったり、麻雀について語り合う人達との繋がりは
砂上の楼閣のように危うい基盤の上に成り立っている。

それならば

一つ一つを大切にするべきなのか?
あまり思い入れを持たずにドライに流すべきなのか?

未だにわからない。
考える必要なんて無い気もする。

「みどり」の一連の出来事は
コミュニケーションツールとしての麻雀と
人間関係の脆さ・恐さを私に教えた。


ネット麻雀の隆盛や、雀荘のフランチャイズ化・システム化を眺めていると
「交流の場」としての役割を雀荘が果たす事は、どんどん少なくなるんじゃないかと思う。
雀荘にしか無い空気なり礼節なりが失われていくのはさみしい。
そんな事を感じるという事は、私も時代に取り残されはじめているという事だろうか?

今でも
雀荘で牌を握る時に、「みどり」の事を考えたりする。

常連とのやり取り
半荘に1回はトラブルを起こす自動卓
誰も頭が上がらないママ
西日が浮き上がらせるロッキングチェアーの影

(無いんだよなぁ)

それは分かっているけれど
時々どうしようもなく帰りたくなる。

ホームシックを感じさせる雀荘など、もう持つ事は無いだろうと思いつつ
新しい店に入る時には、どこかで「みどり」にあったものを探している。


いつも見つけられないで
少しだけがっかりするけど
牌を握るとすぐに忘れてしまうくらいには
淡い感傷でしか無くなってきた
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非公開コメント

No title

麻雀の面白さの内、コミュニケーションツールとしての楽しみはかなり大きなウェイトを占めていると感じます。初めはハンゲームの牌譜広場、今は配信やSNS、これらの麻雀を通じたコミュニケーションが無ければきっと今ほど麻雀にのめりこむことは無かったでしょう。
しかしそれは何も麻雀に限った話ではなく、他のゲームでも友達と競い合っていたものを自分ひとりでやっても全く面白くなかったり、色々な例でも言えるのでしょう。
どんなにそのゲームが好きだと思っていても、結局自分が本当に求めているのはそれに派生した人とのつながりなんじゃないだろうか。
そんなありふれたことを改めて考えさせられました。

No title

朝から泣かせるようなものを読ませないでください(´;ω;`)ブワッ
雀荘ではいつも気を張ってばかりで、あまりこういったコミュニケーションを取ったりできないものですから、ぐっときました。
セットで囲んだときのようなリラックスした環境で打てる雀荘って、すごくあこがれます。もちろん、どんな雀荘でもそれができるかどうかは個人の資質によるんだろうなーとは思うんですが。
もっと人間力高めないとだめだなぁ。

No title

>民芸さん
結局人間が楽しさを感じる時って、人の間にいる時なのかもしれません。
一人でストイックに取り組んでいるように見える人でも、必ずどこかで他人との接点はあるでしょうし
勝っても負けてもそれ自体にはさほど意味は無く、他者との関係性の中でこそ、何かしらが発生するものなんでしょう。
麻雀は一見非常に孤独なゲームですが、卓上だけが麻雀の全てではありません。
この体験は、ずっとひとりで戦っていた(つもりの)私の、初めてのエクスキューズです。
これが無かったら、文章を書いたり交流したりする事は無かったかもしれません。
やっぱ、人間が一番面白いですし、一番焦がれます。
>了さん
いや、朝からこんなの読まないで下さいw
基本的に雀荘はコミュニケーションをする為に存在している場所では無いので
よっぽどタイミングが合ったり、気の合う方が居たりしないと、なかなか親密な関係は築けないと思います。
築いたと思っても、大概の場合非常に脆いものですし。
了さんの場合は、人間力を高めると言うより
別の部分を低めた方が良いと思います。ブログだと詳しくは言えませんが。

No title

すごく良い文章で思わずコメントしてしまいました。雀荘にはほとんど行ったことないのですが、みどりみたいなところなら是非行ってみたいですね。

No title

>Potoshiさん
みどりのようなお店って、たぶん無数にあると思うんですよ。
ちょっと行動範囲を見渡せば、どこでも発見できる程度に。
でも、ガンガン潰れてるんでしょうねぇ・・・
プロフィール

巷の打ち手

Author:巷の打ち手
その名の通り、その辺にいる打ち手です。

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