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斬り方・打ち方

「麻雀って剣術だよなぁ」

打っていてそう思う事が多い。
ボクシングや野球に例えられたりするけれど、私は真剣での殺し合いを想起する。






剣を振りかぶり、間合いを計りながら攻撃したり逃げたりする。
真剣を用いているので一度斬られたら終わりだ。
一合切り結ぶ瞬間に全てを賭ける。

麻雀も和了する瞬間を目指してお互いの手牌を整えていき、勝負はひとつの牌でつく。 (和了は「死」であると解釈できる)
より有利な間合いで勝負できるように腐心しながら、決着の瞬間を待つ。
その刹那性が剣術かな、と。

特に「間合い」は重要で、その相対的な側面と結果への影響の大きさは両者に通じるものだ。
そもそも「間合い」という概念自体が宮本武蔵を連想させるので、こんな事を考えるのかもしれない。

以前からこんな事を妄想しながら牌を握っていたのだが
最近の麻雀技術体系の風潮を眺めていると
これもまた剣術と相似しているような気がする。


※以下うろ覚えで適当な事を書きまくります!!真に受けたり真面目に突っ込んだりしないでね☆


戦国時代が終わり、江戸時代に入った頃。
一定のルールが共有され大きな争いが激減し、一応の平安が訪れた。
それと共に「武士」という概念は形骸化し、形骸としての役割を担う為に様々な装飾が施された。(と言うより、「武士」とは後付けの概念だった)

戦う手段であった剣術もそのひとつだ。

それまでの純粋な「殺傷の手段」としてでは無く、ステイタスやシンボルとしての側面が要求されるようになった。
精神論・怪しげな奥義・政治的な立ち回り
それまでの剣術から大きく姿を変えていった。

目録や皆伝を得る為には長い月日と多額の資金が必要で、剣術は「貴族の習い事」になった。
それが良い事か悪い事かなんてわからないけど、とにかくそうなった。

そんな剣術事情に一石を投じたのが、 千葉周作だ

彼は
「剣の勝敗とはつまり太刀行きの素早さと強さと正確さだ」

という 身も蓋も無い正論を展開し、北辰一刀流という流派を立ち上げた。

北辰一刀流ではまず刀の握り方から教えた。(それは当時としては画期的だった)

立合った他流の人間が周作に手も足も出ず
その場で刀の握りの指導を受けたところ、太刀筋が劇的に改善され
感動したその剣士は、そのまま周作に弟子入りした、というエピソードがある。

練習には怪我の無い竹刀を用いて、効率的かつ効果的な指導を行い
それまで8段階が一般的だった習得の段階を3段階に簡単化した
彼が開いた玄武館は江戸の3大道場に数えられ、数々の剣豪・著名人を輩出している。

周作は剣術に合理的な考え方を用いた原初の人物のひとりだろう。

個人的に彼の一番の功績は、 剣術を誰でも上達できる技術体系として解体した事だと思う。

刀の握り、太刀の走らせ方、足の運び、相手のどこを狙うか

そういった理解のしやすいパーツを個々に教えて、効率的に上達させる。
こういう教育のフレームを作り上げる過程が一番難しい。
本当に教える内容を理解していないとできないからだ。

彼はそれがわかっていた。だからできた。


さて、いい加減に麻雀の話だ。
もうあまり説明する必要も無いと思うけど、麻雀もこんな過程を経て現状に至っているような気がする。

庶民の間で博打として発展し
怪しげな流れ論・体勢論等のオカルトが真面目に論じられ
考え方の整理が進み、セオリーが常識として一般化する。

金銭のリスクを排除したネット麻雀で初心者は上達し
論理と合理性で構築された戦術を学ぶ
それらは誰が見ても納得する言葉で書かれている

ここだけ抜き出すとすごく似ていると思う。

麻雀も剣術、いや剣道のようにスポーツとして定着するレベルまで行ってくれたらなぁ
というのは流石にキツいかw

現代剣道でも精神論とかはすごく大切に扱われている。
目に見えない物・見える物色々あると思うけど、万人にわかるように取捨選択され
、スッキリとした考え方の体系ができる事を期待している。(人まかせ)

「麻雀における千葉周作は誰々だ」

という話は敢えてしない。
これからさらなる賢人が現れてくれると信じているから。




なんか含蓄ありそうで全然無い話だなぁ・・・
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非公開コメント

No title

司馬遼太郎の北斗の人を読みなおしていた所なので、
よく分かりました。 

No title

上の方同様、司馬遼太郎の北斗の人を最近読んでいたので理解できます。
SNS内ではとつさんの紹介で友人が「ネット麻雀界の千葉周作」と表現したことを取り上げましたが、「ネット麻雀界の千葉周作」は複数いる、という解釈もありえると思ってます。(とつさんほか、ネマタさんやら、まんぼーさんやら。。)
また、「ロジカルスポーツ」・「メンタルスポーツ」という表現があるのかはわかりませんが、麻雀がそういう認識で麻雀を知らない人に理解され定着する、というのは夢のような、でも極めて望ましい麻雀の在り方だと感じました。

No title

>名無しさん
それはまたタイムリーなw
この文章も、かなり北斗の人の影響を受けていたりしますです。
>ぐぅぐぅさん
事象なり人物を、既存の何かに当て嵌めて考えるのって楽しいんですが
おそらく麻雀に関しては、また違う物差しが必要なのかな、とも思ったりします。
「千葉周作程度を想定してはいけない」のかもしれませんw
麻雀がもっと広く人々のライフスタイルの中に定着すれば
もっと面白い物をたくさん見れるような気がするのですが
だいたい単なる妄想の域を出ませんね。
本来は自分で楽しもうとしないといけないので、都合のよい他力本願でもあります。
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その名の通り、その辺にいる打ち手です。

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