スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

卓掃士草紙

牌を握るのは久々だったが、さほど違和感無くゲームに馴染む事ができた。

三つ子の魂なんとやら。
箸の使い方や自転車の乗り方をいつ習得したのかを覚えていないように
僕の奥に染みついた麻雀は、意識せずとも体に摸打を再現させる。

昔に比べれば、雀荘に足を運ぶ回数は激減している。
それでも時々こうして卓に座る理由は、牌に触ったりお店の空気を吸う為かもしれない。

紫煙によって残り湯のように揺らぐ店内の光。
牌や点棒が奏でる軽い音。合いの手のような発声。


これが僕の原風景。
結局は自分が生まれ育った環境へ回帰したがるものなのか。


下家の後ろにある空き卓で、メンバーが卓掃をはじめた。
こちらの卓上はそれなりに切迫した状況なのだが、ついメンバーの手元を追ってしまう。
まだまだ拙い手つき。他の卓への気配りもできていない。

それでもそれは僕が持つ、ある卓掃士の記憶を
意識の表層まで引き上げるスイッチになった。
都心から快速を使って1時間20分ほど。
典型的な衛星都市である僕の育った街には、”ベッドタウン”と形容すると些か違和感がある程度に機能が備わっている。

駅前には外資系のコーヒーチェーンやファーストフード店。
駅ビルには名の知れたセレクトショップ。
朝夕の通勤時間帯には学生や会社員が入り乱れ、夜は残業帰りの酔っ払いや水商売風の人々とすれ違う。

ロータリーを抜け大通りを一本渡ると、すぐに大規模なアーケードが見えて来る。
約1300メートルに渡って続く商店街には多種多様な店舗が入っており
生活必需品をはじめとするありとあらゆる品物が手に入るのはもちろん、医療・娯楽・宿泊施設も完備している。
商店街の中で暮らしの全てを完結させる事が可能だ。


僕の実家はスナックやパチンコ屋が固まる”大人ゾーン”の中で店を営んでいる。

元々は質屋と金券ショップを兼ねたお店を営んでいたのだが、遊び人だった僕の親父が継ぐにあたって雀荘に鞍替えしてしまった。
祖父も「息子にはこの商売無理」とあっさり承認。
十分な貯蓄に加えて不動産収入まで手にしていた我が家は、”ロクデナシな二代目”を収容するキャパを湛えていた。


ところがここで、誰も期待していなかった親父の商才が開花する。

博打よりもアミューズメントを志向する為、レートは低目に設定。
遊び仲間のツテを辿り近辺の腕達者を集め、”強豪と安く打てる店”というイメージを構築。

男性メンバーは大学生に限定。もちろん打てる人材を選りすぐる。
女性メンバーは美人に限定。もちろんエロい人材を選りすぐる。

場所柄的にどうしても常連の割合が多くなるが、彼らを甘やかさない。
基本アウトは切らせないし、雑談が少し盛り上がっていたら、やんわりと注意を入れる。


都心を離れると、これくらいの距離感で気軽に打てるお店は、なかなか無い。
商店街の自営業者や年金暮らしの老人に加え、サラリーマンや大学生を誘致できたのが大きかった。
僕に物心がついた頃には、金曜の夜や日曜の昼は10卓が満卓になり、平日も夜通し2・3卓は常に立っている繁盛店に成長するに至った。


自宅は別の場所にあったが、僕はよくお店へ遊びに行った。

年配のお客さんがお菓子をくれたり、立ち番のメンバーは遊んでくれたりと、何かと可愛がって貰えるからだ。
ゲームの妨げになっている事で親父に怒鳴られたりしても、懲りずに卓の間を行き来する。

もう顔も覚えていないけれど、僕の初恋の相手はメンバーのお姉さんだった。
他のメンバーと付き合っている事を知った時には、幼いながらショックを受けたものだ。

そうやって牌の近くで生活していくうちに、自然と麻雀を覚えていった。

中学に入る頃にはルールを全て把握していたし、時々本走に入る事もあった。
今考えると相当危ない行為だが、地方の商店街にはある種治外法権的な空気が流れている。
問題になるどころか咎める風潮すら無く、僕は普通に打っていた。

客のレベルかゲームとの距離感なのか。
僕は同年代の中で図抜けて打てるようになっていった。
高校以降、時々囲んだ同級生との麻雀では、殆ど負けた記憶が無い。
お店の客やメンバー相手でも、互角以上に渡り合う自信はあった。


その一方、どうしても敵わないと思う打ち手が2人いた。

一人は親父だ。

趣味が高じて雀荘を作ってしまっただけあって、熟練の捌きとここ一番の勝負強さは歴戦の雀ゴロのそれだ。
敗色濃厚な卓で粘って、戦局をひっくり返すのを何度も見ている。経営者としてはかなりダメだ。
それでいて愛想が良く、人好きのする性格なので、負けた側も苦笑しながら気持ち良く席を立つ。

母親曰く、それがダメ人間の資質なんだそうだ。


もう一人は、ウチの雀荘専属の卓掃師だった。
これからは彼の為に紙幅を費やす。


今の若い打ち手は知らないかもしれないが
僕が学生の時分はまだ、雀荘は定期的に査察員の訪問を受けていた。
その経緯は少し複雑だ。

「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行規則」
いわゆる”風適法”の第三十六条の二項に、かつてこんな文言があった。


(管理者の選任等)
第三十六条

二.

イ まあじやん店において選任される管理者は、国家公安委員会の指名を受けた者の巡視及び遊具の整備を受け、その証明を国家公安委員会に提出するものとする。

ロ 国家公安委員会は、前項の規定による申請がまあじゃん店営業要件のすべてに適合しているときは、その指定をしなければならない。



要するに、雀荘は国が選んだ査察員のチェックを受けてお墨付きを貰いなさい、といった内容だ。

実際の選任や書類仕事は、国家公安委員会から警察庁経由で都道府県へ落とされる。
まず都道府県は査察員を一般公募し、簡単な筆記試験と面接で選抜する。
資格を得た査察員は割り振られた雀荘へ赴き、そのお店の管理者立会いのもと、決められたチェック項目を潰していく。


営業形態
賭博行為は行なわれていないか
不適切な客はいないか
場代は法の範囲内に収まっているのか
自動卓等の設備は適正に用いられているか


言うまでも無く、どの雀荘もガチでチェックすると真っ黒である。
そのあたりは査察員の”手心”なり”現場の判断”によって上手く処理され、大抵の場合は「モンダイナシ」の報告が役所に提出される事になる。
導入当初から半ば形骸化しているこのシステムは、それでもかなりの年月運用され、査察員への給金に税金が使われていた。

査察員が受け取る給金は大した額では無く、それ一本で生活をするのはとても無理だ。
なので、査察員になる人間の職種や系統はある程度限られていった。


まず、雀荘に出入りする業者が担当するパターン。

自動卓メーカーやオシボリ・飲み物を納めている業者がサービスの一環として行う。
普段から出入りがあるので、雑多な契約処理を簡略化する事ができる。
基本的に普段は雀荘側が顧客であり、万が一にも厳しい追及を受ける事が無い。
大手チェーン雀荘などは大抵この形態を採っている。会社間におけるギブテクの要素も多少ある。


次に、ある程度自由が利く職種が副業として行うパターン。

前述の通り査察員の給金は小遣い程度だが、逆に言うと小遣いにはなる。
ある程度時間の融通が利き易い自営業や自由業の人間が本業の片手間にやる分には、悪く無い仕事内容だ。
店を構えている者やフリーランスの物書き。そして何と言っても多いのはタクシーの運転手。
仕事の合間合間に査察を済ませて、また戻っていく。


最後に卓掃士。
この立場については、多少経緯を説明しなくてはならない。


もし仮に”査察員の収入”と呼べるものがあるとすれば、それは役所からの給金がその全てのはずである。
しかし実情として、雀荘側が審査員へ多少の心付けを渡すケースが多い。
本来雀荘側として、役所への申請料以外は支払う必要無い。
なので袖の下以外の何ものでも無いのだが、日本人の気質なのか業界の性質なのか、自然とこれが横行していた。

やがて、心付けを動機に査察員を行なう者が現れるようになり
彼らはより多くの心付けを得る為、あの手この手を用いた。


役所への報告内容の良し悪しを仄めかす者。
雀荘側と個人的な交流を構築しようとする者。
お店の清掃や経営に介入しようとする者。


ある時、査察員による恐喝事件が発生した。
雀荘経営継続を盾に金品を要求したのだ。

事件はマスコミを賑わせ、国の管理体制に批判が集中した。
それ以上の不祥事を恐れた国家公安委員会は、苦肉の策として雀荘側へ査察員の指名権を与えた。

ここで、売り手買い手の逆転現象が起こる。
それまでは査察員の殿様商売だった業界に、市場が出現したのだ。

査察員はこぞって、自分のウリを前面に押し出しはじめた。


経験年数をはじめとした実績。
査察の迅速性やアフターケアの品質。
清掃や経営相談等の付属サービス。


とは言っても、体系的なサービスを行なえるのは大手メーカー付きの査察員だけであり
大多数を占める土着の査察員達は、昔からの付き合いや訪問時のちょっとした清掃で細々と指名を取っていた。

その中に、清掃・・・・・・それも卓掃に特化した営業を行なう査察員が出現した。
査察目的以外でも店に出入りし、牌磨きを中心とした卓周辺のメンテナンスを行なうのだ。

卓掃は通常メンバーが行なうものであり、毎日やっているだけに習熟している者が多い。
よってそれを商売(正確には違うのだが)として成立させるには、何かしらの価値を付与する必要がある。
つまりは、職人的な技巧・能力。ないし、言語化不可能な何か。
それらを併せ持つ、麻雀用具メンテナンスのプロフェッショナル。

それが卓掃士である。


僕はその人を”ソウシさん”と呼んでいた。

初めて顔を合わせた時の事は覚えていない。
物心が付く前、まだ歩く事すらできない時期だった(らしい)から。
おそらくそれくらいの頃に


「卓掃士のお兄ちゃんだよ~」


とでも親に紹介されて、まだはっきりと発音する事のできない僕は「ソウシ」という短いフレーズで彼を表現したのだろう。
いつの間にか親父や常連の客の中でも「ソウシさん」という呼び名が愛称として定着していった。

親父の店の近くにタバコ屋があって、そこから店に置くタバコを仕入れている。
そして、そのタバコ屋でいつも店番をしているお婆ちゃんが査察員の認定を受けていた。
商店街というのは寄合社会なので、通常であればそのお婆ちゃんに査察を依頼するのが店としての筋であろう。
商売柄、親父はそういった事に敏感だったので、尚更だ。

だが、親父はわざわざ店側で交通費を負担してまで、東京からソウシさんを招く事を選んだ。
僕は知らないけど、タバコ屋とも何かしらのやり取りがあったはずだ。

それはなぜなのか?


「良い雀荘には良い卓掃士がいるもんだ」

この話題になると、親父はいつもそう言う。
僕はソウシさん以外の卓掃士を知らないけれど、”そうだよなぁ”と納得する。
それはウチの客やメンバーにしても同じだろう。

ソウシさんの仕事にはそれだけの説得力がある。

ソウシさんが来る日は、朝から雀荘の雰囲気が違う。
いつもよりしっかり店の掃除をするし、女の子の服装とメイクは気合が入っている。(ちくしょう)
よく知っている常連なんかは「ソウシさん来るんだったらパチンコで潰してくるわ」と、卓を伸ばさない為に気を遣ってくれたりもする。


仄かな緊張漂う空気を掻き分け、ソウシさんは現れる。
20年ほどの付き合いの間、その容貌に目立った変化は無かった。

長身痩躯で、少し癖のある髪を肩まで伸ばしている。
研究者のような静かな瞳。整っているが、美しさよりも朴訥とした穏やかさを感じさせる面立ち。
いつも生成りのシャツにポケットが付いたワークパンツを穿いていて、冬はその上に薄いロングコートを羽織る。

ニコニコと挨拶をして待ち席に座り、卓全体を眺める。
出された飲み物を飲んだり、親父やメンバーと談笑。
よく聞くとさり気なく店の状況を引き出しているのだが、作為的な素振りはまったく無いので
査察員としての業務なのか個人的な興味なのかその両方なのか、わからない。

すっかりとお店の空気に馴染んだ後、ソウシさんの仕事が始まる。
髪を束ね、作業用のエプロン掛け、革の手袋を付ける。

この手袋に使われている革は綿飴のように柔らかく、それでいて破る事は不可能に思える強度を湛えている。
どんな動物の皮をどれだけ丹念に鞣せば、ああなるのだろう?
一度、手袋の素材について訊ねた事がある。
少し視線を泳がせた後、人差し指を鼻に当て


「企業秘密」


と悪戯っぽく答えるソウシさんの笑顔に戦意喪失し、それ以後わからないままだ。


ソウシさんは卓に着くと、まず何もせずにボーっとする。
「現状をチェックする」だとか「瞑想する」では無く、未踏の深奥で鏡面を示す泉ように、ただ佇む。

ぶっちゃけてしまうと、少しアブない人に見える。

おもむろに山に手を伸ばし、手元に揃えていく。
そこからは表面・側面・裏面と普通に牌を磨くのだが
普通の牌磨きとは違い、ほぼ音が出ないのが特徴だ。

よく観察すると、牌同士の接触を極力避けているのがわかる。
ラシャに対して常に垂直方向へ圧力を加えているのだ。

「なるほど。牌に負担をかけないようにしてるんだな。さすがプロ」

と感心し切りの僕が、ある時その旨をソウシさんに伝えると

「えっ!?そうなの??テキトーにやってるんだけど・・・・・・」

という返答。
何も考えて無かったのかよ!!

牌を2セット磨いた後は、自動卓の内部をチェックして埃や汚れを取る。
専用の器具を使って、歯医者がピッキングしているような動きだ。

最後にラシャをヘラのような物(やはり材料不明)で均して終了。
すぐに使う卓は牌を表向きに、しばらく使わない卓は裏向きにセットする。


特段速いわけでも無いし、特別な事をするわけでも無い。
それなのに、ソウシさんが仕事をした卓は、なぜか打ち易くなっている。

そう、綺麗とか清潔では無くて、”打ち易い”なのだ。

普通、卓掃したては牌が手に付かなかったりするものだけれど、それがまったく無い。
最初から手に馴染むし、卓掃直後である事を意識せずゲームに没頭できる。
古い卓でもトラブルを起こさなくなり、ラシャの痛みも解消されている。

原理はまったくわからない。
ただ、「息を吹き返す」という表現そのままに、卓がセットアップされる。
不思議過ぎる。


「ソウシさんのやった後って、妙に快適なんだよなぁ。何かコツとかあるの?」


客の一人が尋ねる。


「いえ?フツーにやってるだけですよ?」

「でもさぁ、他のメンバーとかがやったのとは明らかに違うんだよね。プロなんだし、技とか奥義みたいなのあるんじゃない?」

「奥義って、そんな大げさなのは何も無いですよw でも、うーん。気にしてる事はありますよ」

「おっ、そういうのだよ。なになに?」

「余計な事をしない、です」

「余計な事?牌を磨き過ぎないとかそういうこと?」

「そういうのも含めて全部です。『過ぎたるは猶及ばざるが如し』って言いますけど、僕にとって過ぎるのは及ばないより悪いことなんですよね。卓とか牌って、そこにあるだけで必要な機能を備えてるし、役割を終えてると思うんです。僕はそれを少し手助けするだけと言うか何と言うか・・・・・・」

「わ、わからねぇ・・・・・・」


ソウシさん本人も説明しあぐねているようだから、僕たちにわかるはずも無い。
ただ、独特の哲学みたいなものはあるようだ。


そうやって全ての卓掃を終えたあと、ソウシさんはいつも数ゲーム打っていく。
大抵はメンバーが入っている卓を選んで、可能なら複数の卓で自分が処置を施した牌を握る。

意外に鋭く強打し、乾いた音を鳴らす。


「ねえ、卓掃士だったら牌を優しく扱うもんじゃ無いの?」

「別に乱暴にしてるつもりは無いけど。牌って打つものだから」


卓掃自体の話もそうだが、ソウシさんは万事こんな感じで説明する。
麻雀に関することの一つ一つが「論理の結実」では無く、「前提」なのだ。

「そういうものだからそうする」

弁論でも損得でもパフォーマンスでも無い。
無我の世界の理で、ソウシさんは動く。

だから僕はいつも、ソウシさんに自然を見る。
「不自然では無い」とか「天然だから」とは違う、純粋な意味での自然だ。(後者はその通りではあるのだが)


そんなソウシさんの打つ麻雀は、これまた独特だ。

親父もそうだけど、お店で勝っている人達というのは大抵その人なりの型がある。

仕掛けとリーチを多用し、手数で勝負する人。
鉄壁の守備と他家操作で展開を作る人。
ブラフをはじめとするパフォーマンスで他家を翻弄する人。

タイプは色々だけれど、場面場面でやる事は決まってくる。

後ろ見歴が長い僕だ。
見ていて「たぶんこの人はこう打つだろう」という予測が外れる事はほぼ無い。

けれど、ソウシさんの麻雀はさっぱりわからない。
攻めているのか守っているのかすら判断できない事もしばしばだ。



二萬三萬三萬四筒五筒六筒七筒八筒八筒八索八索中中 ドラ八索


ここから中をスルーして、二萬ツモ打四筒

(マジかよ・・・チートイにすんのか・・・)

と思いきや、一萬をツモって打八筒
五筒で良いじゃん!

結局最終形は


一萬二萬二萬三萬三萬四萬五筒六筒七筒八索九索中中


で曲げて、ドラ表の七索を一発でツモっていた。
宇宙である。



五萬五萬赤五萬二筒四筒六筒八筒六索六索七索東東中 ドラ九萬



こんな手から、七筒をスルーした次巡の八索をチーしたり



四筒四筒四筒赤五筒六筒七筒八筒二索二索三索三索四索四索 ドラ二索



これをダマにして、仕掛けに対してオリたりする。


もちろん、普通・・・・・・と言うか僕が理解できる手順の方が多いし
こういう手を打ったが為に、放銃したり和了を逃したりもある。

それでも、物凄いアベレージで勝っていた。
数字だけなら親父よりも上だろう。


「わっかんないなぁ。なんでソウシさんそれで勝てるんだ・・・・・・」

「勝ってると言うより、他の人が負けてるんだよね」

「周りが勝手にミスしてるって事?」

「少し違う。みんなの手順って基本的に勝ちに向かってるんだけど、ある場面で負けに向かう事にもなるんだ。ミスじゃ無いとしてもね」

「その人的に正しい選択だとしてもたまたま裏目になったりとかそういうの?」

「それも現象のひとつかもしれない。もちろん、それは間違いじゃ無い。打ち手毎ルールに則っている限りその負けは正しいし、負けるべきだ」

「ソウシさんは違うと」

「基本的に一緒だよ。でも、僕は勝つ事やルールを遵守する事にこだわりが無いと言うか何も無いと言うか・・・・・・・」

「あー!わかんねぇ!!」


ソウシさんは口の中でモニョモニョと何かを喋っているが、僕はもう諦めていた。

打っている時のソウシさんは、和了や放銃やゲームの決着に意識を置いていないように見える。
熟練の打ち手が目先の結果に一喜一憂しないだとか、そもそも関心が無いとか、そういうのとは異なっていて
我々とは別の地平を眺める怜悧さを、静かに湛えている。

形が無いから対処できないし、何にも囚われて無いから揺れたり崩れたりもしない。
掴み所が無い、雲のように天衣無縫な強さ。
ソウシさんはそんな打ち手だった。


・身近にいる年上のお兄さんで

・特有のスキルを持ちつつ

・優しくて神秘的(?)


という、食い下がりでも跳満はあるスペック。
僕は当然のようにソウシさんに懐いた。

憧憬や崇拝に近かったかもしれない。
ソウシさんが店に来る度に後を追い掛け回し、麻雀は同卓or後ろ見。
完全にキモい。


ところが、年齢を重ね客観的にソウシさんを見るようになるに連れて
幻想は壊されていく事になる。

ソウシさんは一流の卓掃士で、不思議な強さを持つ打ち手だ。
そこは揺るがない。
でも、人間的に「どうなんだそれ?」と思う部分が多々ある。


例えばこんな事があった。

僕が中学生になったある日、いつものように店でソウシさんの卓掃を眺めていると
不躾に開かれたドアから現れた女性が、真っ直ぐにソウシさんに突進したかと思うと
いきなりその頬を張った。

呆然とする僕と店内とは対照的に、ソウシさんは冷静だった。
何事かを捲くし立てる女性を店の外に連れ出し、小一時間してからひとりで帰ってきた。


「お騒がせしてすみません」


と店全体に頭を下げ、また普通に卓掃をはじめる。
当然気になったので、恐る恐る訊ねてみる。


「あれ、なに?」

「うん。僕の部屋に住んでる人。あっ、もう『住んでた』人になるのか」

「一緒に暮らしてたってこと?彼女?」

「そうじゃ無いよ~。僕の部屋で寝泊りしたいらしかったから、いいよって言っただけ」

「へー。同じ部屋で女の子と生活してて、何も無いとかあるんだね」

「ん?セックスはしてたよ?」

「えっ!?付き合って無いのに??」

「うん。したいって言うから」


流され過ぎだろ。
どうなんだそれは。


「あと、なぜかお金くれてた」

「完全にヒモじゃん、それ」

「家賃のつもりなのかと思ってたけど、今思えば随分多かったなぁ」

「今思うなよ!その時考えないとでしょ!! そりゃ、やる事やって金まで貰っといてその調子じゃ、相手もキレるよ」

「ん?怒ったのは違う事。部屋に別の女の子が来て鉢合わせたみたい」

「もしかして、そっちが本当の彼女?」

「違うよ~」

「でも、セックスはしてて」

「うん」

「金も貰っていたと」

「うん」

「最低じゃん!!」

「そうなのかなぁ?でも、付き合って無いしなぁ」

「『付き合って下さい』とか『好きです』とかのやり取りが無くたって、それは男女交際だろ」

「あっ、でも、二人にはセックスしながら『愛してる』って言ってた。あれがまずかったのかな」

「もういい。頭痛くなってきた・・・・・・」


このやり取りをしている最中もソウシさんの手は休み無く動き、卓を整えていく。
後ろめたさや罪悪感はまったく見受けられない。本当に持ち合わせていないのだろう。
この後、もう一人の女の子とも同じような場面が待っている筈だが、まるで気負っていない。
おそらく、想定していないんだろう。できていないと表現すべきか。

「女にだらしない」

とは趣きが違っていて、動物的というか単に何も考えていないというか。
そんなところまで自然の摂理に則ってるという、非常にタチの悪い状態。

直るとか直らないですら無い。
そういう性質で構成されているから、諦めるしかない。


金に対しても同じように頓着が無くって
簡単に受け取ったと思ったら、請われるがままに貸してしまう。

趣味の旅行に行く際は、金にまったく糸目をつけない。
海外で無一文になって、大使館経由で強制送還されてきたのも一度や二度では無い。
よくパスポートを取り上げられないものだ。

だが、借金だけは絶対にしなかった。


「僕、たぶん返さないと思うんだよね」


との事だ。
この上無く説得力のあるお言葉である。

過去に何かやばい問題があったとしか思えないけれど
恐くて聞いた事は無い。


他にも

やたら食べこぼすとか
雀荘の女の子を根こそぎ持って行ってしまったりだとか
動物を片っ端から拾ったりだとか
酒を飲むと100%路上で寝たりだとか

色々とダメな部分があって、そのひとつひとつを知る度にソウシさんの神性が薄れていき
大学に入る頃になると、僕の中でのソウシさんは、すっかり人間になっていた。


幻滅していった、と言えばそうなのかもしれないけれど
僕としては、親しみが増したという側面が強い。
「憧れのお兄さん」が「放っておけない相棒」に変わったと表現すれば良いだろうか。

母親曰く、それがヒモの資質なんだそうだ。
然もありなん。


大学を卒業し中堅メーカーの営業に職を得た僕は、すっかり麻雀を打たなくなったけれど
ソウシさんが来る時にタイミングを合わせて、ちょくちょく実家に戻っていた。

ソウシさんは相変わらずフワフワしたままで、全く老けない。

「いつか、ソウシさんの年齢を追い越してしまうのでは?」

そんな錯覚が、妙な現実感を伴って浮かび上がって来る。
僕だけが老いの澱を蓄積しているような。

それならそれで、年下のソウシさんを窘めたりするのも楽しいかもしれない。
僕はむしろ、時の経過が待ち遠しいような心持ちだった。


だが、それが終わる日は突然やって来た。


国が主体となって取り組む業務の棚卸しの中で、グレーな仕事はどんどん整理されていった。
通信や郵政の民営化は言うに及ばず、細分化された仕事は独立行政法人等に吸収されていき、不要と判断された物は切り捨てられた。

風適法はかなり初期の段階で整理され、査察員制度の条文は抹消。
その事実を認識している人間は皆無に等しく、世の中は普通に回っていく。

ソウシさんのような専任の卓掃士を除いて。


最後の仕事の日も、ソウシさんは淡々と牌を磨き、いつものように立ち去って行った。

もちろん、親父は慰留した。
制度が無くなっても、ソウシさんに卓掃をお願いしたかったし、何ならメンバーとして雇い入れても良い。
ソウシさんはいつもの困った顔で首を横に振り


「良い引き際だと思ってます。どっかでブラブラするつもりです」


と言い残し、そのまま音信が途絶えた。

彼の真意は分からない。
制度が無くなっても、彼ほどの腕やコネクションがあれば、卓掃を仕事として成立させる事は可能だったはずだ。
ひょっとすると本当に『引き際』を探していたのかもしれない。何か別にやりたい事があったのかもしれない。

僕はずっと以前からソウシさんを知っていて、色々な話をして。
兄弟のようにさえ感じていたのに、胸中のコアな部分については何一つ分かっていなかった。

ソウシさんがいなくなった部分へ詰め込む物が何も無い

という事実に、僕は意外な程狼狽した。
僕の卓掃士に纏わる記憶は、いつもその空隙に吸い込まれて終わる。




結婚し、会社での立場もでき、日々は不自然なくらい目まぐるしく過ぎた。
自分だけは同じ場所に立っているつもりなのに、風景だけが悪い冗談のような速度で動いているような心地だった。

二人の子供が中学生に入り、やっと落ち着いた頃から、僕は時々雀荘へ行くようになった。
昔の記憶を手繰ろうとするのは、老化の証かもしれない。
近頃では、そんな自分を俯瞰して苦笑するようになっている。完全にヤキが回った。


「おい、いつまでその卓やってんだよ!」

「すみません!……難しいっすね、これ」

「もう良い。後で手本見せて貰え」


店長らしき男が卓掃をするメンバーを軽く叱責している。
どうやら本当に新人のようだ。

対面が一筒を強打して来て、ヒヤリとする。
筒子は全体に割れやすいが、一筒は特にその傾向が強い。
実家にいた頃の僕の部屋には、牌捌きの練習用に割れた一筒が大量に転がっていた。
そんな事を教わった相手が誰なのか、もう曖昧になっている。

淡々と牌をやり繰りし、頃合いの時間になったので、ラス半を掛けた。
今夜は久々に妻と外食する。
待ち合わせに遅れると家で居心地が悪くなるから、大変だ。


「へー!そんな感じにやるんすねぇ」


僕の後ろの卓から新人メンバーの嬌声が聞こえた。
いつの間にか卓掃をしていたようだ。
音が聞こえなかったので分からなかった。

僕の真後の席に人の気配を感じる。
やけに静かな。


「こういうのって、何か極意とかあるんすか?」


どんなジャンルでも初心者が口にするであろう軽薄な質問。
いつかの誰かに重なる。

僕は頭の中だけで言葉を紡ぐ。


(それは、牌に何かを加えるのでは無く――


ありのままの姿にしてあげる感じですかね。余計な事はせずに」


意識は激しく反応しているのに、体は牌の処理だけを追っている。
紙縒りを細く穿つように、集中が収束していく。


「よく分かんないっすねぇ……具体的には?」

「いや、牌ってのは元々そこにあるだけで良いと言うか何というか・・・本当は人間が手を加えない方が良いんですよ。でも、人が触った事で過不足が発生しちゃうから、それを渋々何とかする感じというか」

「わ、わからねぇ・・・・・・」


困り切って説明しているのだが、本当に困っているのは新人メンバーの方だ。

うん、同情するよ。分かんないもんな。
でもさ、それは技術であって技術じゃ無いから、理解するアプローチは不毛なんだよ。
自然現象とか運命とか、そういう類のものなんだ。

僕が突然強打気味に打牌したので、同卓者が怪訝そうな視線を向けてくる。
背中に森や風を感じながら、牌を一瞬だけ撫でる。
ほつれかけていた記憶が、カラフルな色彩に描き直されていく。


僕はまだ、振り向けない。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

僕は一瞬だけ振り向いてみます。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

巷の打ち手

Author:巷の打ち手
その名の通り、その辺にいる打ち手です。

最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。